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熊本地方裁判所八代支部 昭和42年(ワ)149号 判決

原告 徳永常喜 外一名

被告 チッソ株式会社

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

(原告ら)

一  被告は、原告徳永に対し五万二、一四六円、同松崎に対し五万一、六二三円およびこれに対するいずれも昭和四三年二月一二日以降支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

(被告)

主文同旨の判決。

第二当事者双方の主張

(原告らの請求原因)

一  当事者

被告は、窒素肥料、可塑物、人造繊維、カーバイド等の製造および販売を営む株式会社である。原告両名はいずれも被告の従業員であり、原告徳永は、昭和二三年四月被告に就職し、同四一年九月当時水俣工場製造四課ビニレツク係に勤務していたもの、同松崎は同三〇年四月被告に就職し、同四一年九月当時同工場製造一課ガス係に勤務していたものである。

二  原告らの慰休申請に対する被告の拒否

(一) 昭和四一年九、一〇月当時、原告徳永は勤続一九年以上、原告松崎は勤続一一年以上で、会社就業規則第三五条によると、勤続四年未満は一四日、勤続満五年および六年目は一五日、満七年から勤続満一年を増す毎に一日を加算し、二〇日をもつて限度とするものと定められている。そこで原告両名が労働基準法第三九条に基づき有する年次有給休暇の日数はともに二〇日である。

(二) 原告徳永は、昭和四一年九月七日上司であるビニレツク係長中村進に対し、同月八日の一日間年次有給休暇(以下、慰休という。)をとる旨届出たところ、同係長から業務に支障があるとの理由でこれを拒否されたが、当日被告水俣工場を休んだ。

また、原告松崎は、同年一〇月八日上司であるガス係長本多利明に対し、同月九日の一日間慰休をとる旨届出たところ、同係長から他の週休者に替つてもらうようにと指示されたが、当日同工場を休んだ。

ところが、被告は原告両名の右欠勤に対し、慰休の取扱いをしないで事故欠勤として取扱うこととし、よつて原告両名の各翌月分給与から前記欠勤日一日分の賃金をそれぞれ差引き支給するとともに、年末一時金についても右に見合う分をそれぞれ減額のうえ支給した。

三  被告の責任原因

被告は、原告両名に慰休を認めない措置が以下の理由により違法であることを知りながら故意にこれを認めなかつたものである。

(一) 時季変更要件の不存在

労働基準法第三九条第三項は、使用者が年次有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならず、ただ事業の正常な運営を妨げる場合には他の時季にこれを与えることができる旨規定しているが、本件の場合はいずれも事業の正常な運営を妨げる事情は存在せず、同項の時季変更権を行使し得ない場合である。

すなわち、(イ)原告両名としてはいずれも当日是非とも休暇をとらねばならない理由があつた。(ロ)原告らが休んだ結果当日作業定員を割ることとなつたが、原告徳永についてみると、同人のビニレツク係における勤務内容は、清掃、草取り、ペンキ塗り等の雑役で、会社の不当な差別政策により正常な仕事を与えられず、同職場での最も重要な作業である触媒入替作業中も右のような雑作業をさせられ、ときに触媒入替作業をさせられる際も精々運搬の仕事が主であつた。また当時同職場の作業定員一〇名中日勤作業可能人員は五名に過ぎず、すでに触媒入替作業の必要人員の確保が不可能なため、下請の作業員により人員の確保を図る状態であつた。なお、同職場における触媒入替作業は危険を伴うものでなく、原告徳永の従事していた雑作業は誰にも容易にできるものであり、被告も同作業を重視していなかつた。次に、原告松崎についてみると、代替者の確保は係長、作業長らの職責であり、原告は職制が代替者を確保してくれるものと信じて休んだものである。また当日定員の確保が連直という方法でなされているが、連直という事態は格別珍らしいことではない。(ハ)原告らの慰休使用により被告には何らの損害の発生も認められない。

元来法が使用者に対し時季変更権を認めたのは、休暇の実現と事業運営との調整を図る趣旨によるものであるから、その正常な運営を妨げるという意味もこのような観点から解釈すべきであつて、事業の正常な運営を妨げるとは、企業またはその一部たる職場の運営が一体として阻害され、乱されることをいい、単に休暇をとることによつて職場に穴があくような場合を指すものでないことはもとよりである。

このように原告らの慰休使用によつて何ら業務の運営に支障を生じるものではなかつたから、したがつて被告の本件措置は労働基準法第三九条第三項に違反し無効である。

(二) 権利濫用

仮に右主張が理由がないとしても、被告の本件措置は時季変更権の濫用であるから、違法無効である。

(三) 慰休請求に対する承諾の不要

被告の本件措置の理由は、原告両名が被告の承諾なしに被告水俣工場を休んで職場秩序を乱したというにあるが、年次有給休暇権の行使については使用者の承諾を要しないものである。

すなわち、労働基準法上の年次有給休暇の制度目的は「労働者の生命ないし生存権の保障」または「労働者が人たるに値する生活の保障」にある。労働力の維持培養を図ることは総資本の目的ではあつても、法の目的とするところではない。労働力の維持培養が目的であるとすると、この休暇は単に保養休暇に過ぎなくなり、労働者の自由意思を著しく拘束することとなつて不当である。労働基準法の年次有給休暇制度はいうまでもなく憲法第二七条第二項の規定を通じて同法第二五条の定める「健康で文化的な最低限度の生活」を労働者に対し保障しようとするものであり、一週一日の休日のほかにある程度の労働から解放された自由な時間を労働者に与え、自由にその諸欲求を充足させることが、今日労働者の生活を人たるに値するものたらしめるため必要不可欠であるとの見地に基づくものである。年次有給休暇制度の目的をこのようにとらえるとき、またその付与が刑罰や付加金の支払をもつて強制されていることに徴すれば、年次有給休暇権の法的性質はこれを形成権と解するのが正当であり、したがつて有給休暇の法律関係は、労働者の休暇請求権の一方的行使の効果として形成され、これに対する承諾等使用者の給付行為を殊更要しないものである。

よつて、原告両名が被告の承諾を得ずに休んだことを理由とする本件措置はこの点においても労働基準法第三九条第三項に違反するものである。

(四) 労使慣行上の権利の侵害

被告水俣工場では、従来慰休をとる場合には届出が事前であると事後であるとを問わず、また同じ職場の他の者が当日休むか否かに関係なく慰休の取扱いをしており、これは労使間の慣行となつていた。したがつて被告の本件措置はこのような労使間の慣行上の権利を侵害する違法なものである。

(五) 不当労働行為

本件当時原告両名は、被告の従業員を主体として組織された合成化学産業労働組合連合新日本窒素労働組合(以下、旧組合という。)の組合員で、原告徳永は右組合の執行委員、原告松崎は同組合の職場闘争委員の役職にあり、職場における職制との交渉など活発な組合活動を行なつていたものであるが、本件措置は被告が昭和四一年九月から同組合切崩しのために加えた一連の攻撃の中で発生したもので、被告の真意は原告両名の活発な組合活動を嫌つたことならびにこれによる同組合の組織切崩しにある。したがつて本件措置は原告両名の正当な組合活動を理由とする不利益取扱いであるから、労働組合法第七条第一号の不当労働行為であり、またそれは組合の弱体化を狙つた支配介入であるから同条第三号の不当労働行為であつて違法である。

四  原告らの損害

被告の違法な措置によつて原告両名は次のような損害を受けた。

(一) 原告徳永は、昭和四一年一〇月分給与から九月八日の一日分賃金一、三五一円および年末一時金から七九五円合計二、一四六円を、原告松崎は、同年一一月分給与から一〇月九日の一日分賃金一、〇二二円および年末一時金から六〇一円合計一、六二三円をそれぞれ減額された。

(二) 原告両名は本件措置により精神的打撃を受けたがその損害を評価すると各自五万円を相当とする。

五  結び

以上のとおりであつて被告は、原告両名の正当な年次有給休暇権の行使を違法に侵害し、その結果原告両名に対しそれぞれ前記損害を与えたものであるから、右は民法第七〇九条の不法行為に該当する。

よつて、被告は原告徳永に対し五万二、一四六円、原告松崎に対し五万一、六二三円、およびいずれもこれに対する履行期を経過した昭和四三年二月一二日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求の原因に対する被告の答弁)

一  第一、第二項の事実は認める。

二  第三項の事実は否認する。

三  第四項の事実中、原告両名の給与および下期賞与からの減額分がそれぞれ原告らの主張金額のとおりであることは認めるが、その余の事実は否認する。

(被告の主張)

一  時季変更権行使の正当性

本件原告らの慰休請求はいずれも事業の正常な運営を妨げる場合に該当するから、被告が時季変更権を行使して慰休を与えず、事故欠として取扱つた措置は正当である。

(一) 被告水俣工場における慰休の取扱状況

慰休について工場就業規則第三五条第一号は、慰休の日数として「(1)勤続満四年未満は一四日、勤続満四年以上六年未満は一五日とし、勤続満一年を増す毎に一日を加算する。但し二〇日を以て限度とする」と規定し、更に、同条第三号は慰休使用の時期として「(1)慰休は従業員が請求した時期に与えることを原則とする。但し業務の正常な運営を妨げると認めたときは、予定時期を変更し、他の時期に与えることがある。(2)従業員は、できる限り早期に所属長に届け出て慰休使用の時期を予め定めておかなければならない。」と規定している。そして、慰休使用を希望するものは、自己の慰休使用票(乙第二号証)に慰休使用を希望する期間及び日数を記入し捺印の上、作業長に提出する。作業長は既に予定している公休者・慰休者の数と、作業予定をチエツクして、作業員が不足しないかどうかを確認して許可を与え、その旨本人に通知することになつている。

ところで、工場の交替勤務の職場では公休、慰休要員として各職場の作業定員の約三〇パーセント乃至四〇パーセントに当る人員を配置し、日勤職場においては作業の都合を勘案してできるかぎり慰休を付与するよう措置している。その結果、工場の慰休の年間消化率はほとんど一〇〇パーセントに達する状況である。従つて、被告は、従前から作業上の支障がない限り従業員の請求する時季に慰休を付与してきているのである。

(二) 本件原告らの慰休請求当日の作業定員確保の必要性

(1) 原告徳永について

同原告が慰休の請求をした昭和四一年九月八日の日はビニレツク係日勤作業者七名(配置人員は一〇名であつたが、うち長期病欠者一名、停年退職直前で長期にわたり慰休を使用する者一名、三交替勤務への補充者一名を含むため常勤人員は七名)のうち、すでに慰休者四名が決定していたため出勤予定者は原告を含め三名に過ぎなかつた。のみならず、当日は同係で月二回行なつている触媒入替作業(一回につき四日間を要し作業が遅延すれば一日につき約一〇〇万円の損害を生ずる)の四日目にあたり、沖田作業長を含め四名の作業者を是非とも確保する必要があつた。

(2) 原告松崎について

前記のとおり、被告は三交替勤務の職場には公休、慰休要員として作業定員の三ないし四割の人員を配置しており、ガス係には一直に一四名が配置されていたが、同原告が慰休の請求をした昭和四一年一〇月九日の日は慰休者二名、公休者二名計四名がすでに決定していたため、これを差引くと当日の作業人員は定員の一〇名ぎりぎりの状態であつた。

(三) 本件時季変更権行使における「事業の正常な運営を妨げる場合」の該当性

当該職場の秩序ある正常な運営が阻害される場合には使用者に時季変更権が認められなければならないが、この正常運営の阻害とは、結果において当該職場の活動が全く麻痺してしまつた場合のみならず、そのおそれがあれば足りるというべきである。すなわち、もし、業務阻害の結果が生じてはじめて時季変更が認められるとすれば、事前の時季変更はあり得ないことになるし、また使用者としては臨時配転や臨時雇用員の投入などあらゆる努力を払つて事業を遂行しなければならないから、これらの努力によつて業務を遂行した場合には時季変更権の行使が許されないという不合理な結果となる。(ロツクアウトの場合すら組合の争議手段に対し使用者が行なう正常業務運営のための努力には一定の限度があるとされ、未だ正常な業務が遂行されていても、企業防衛のためロツクアウトは認められるのである。有給休暇も事業の遂行に及ぼす影響、特に職場秩序に与える波及的効果の点でかなりの重要性をもつ。)従つて、たとえば、組合指令に基づく一斉休暇申請が許されないことは当然であるが、一職場作業員全員が催し物を思い立つて一斉に休暇を申請した場合、作業定員八名に休暇要員二名が配置された職場において二名に対し指名ストとしての有給休暇申請がなされた場合などもやはり有給休暇制度の本質と矛盾ないしこれを無視するものとして拒否さるべきである。同様に、また、右職場においてスト指令によらずに三名の有給休暇申請がなされた場合、二名の休暇申請は認められるが、三人目の者は事業に支障があるとの理由でその申請は拒否さるべきであろう。このような場合使用者において代替要員を投入して急場をしのぐこともあるが、しのげたか否かという結果だけから業務阻害の有無を考えるとすると、しのげたか否かは当日が経過しなければわからないから事前の時季変更は不可能となる。

被告水俣工場においては、前記のとおり、三〇ないし四〇パーセントの休暇要員を配置し、しかも慰休一〇〇パーセントの消化ができており、このような場合、定員充足のための最後の一人の休暇申請は時季変更の対象として認められるべきである。もし好きなときいつでも有給休暇をとれるとすれば、職場が必要とする最小の人員を正常な状態で確保できない場合を生じるが、その際職場の活動が全く麻痺しなければ時季変更ができないとすると、連直でまかなつたり、下請の作業員を入れたりして作業を遂行したという結果から時季変更権の行使が不当とされることになる。その結果、被告において従来定員充足のための最後の一人が時季変更を自ら認め他日に振替えていた職場の秩序は破壊され、休暇要員を用意して作業の正常な運営と慰休の一〇〇パーセント消化との調和を図る会社の方針は根本的に覆えされることとなる。したがつて、慰休申請の結果一定の必要作業人員を欠くに至つた場合、使用者がその代替要員の手当ができず、そのため作業遅延あるいは作業不能による損害を生じた場合にのみ時季変更権が発生するという考えは、「定員が欠けたら代りを探せ、いないならやれるだけやれ、やれないときには慰休を取消せ」といつた類の無計画性に通ずるものであつて、使用者に一方的な損害受忍を強いるものであり、労使間の調和を破るものといわねばならない。

以上のように、原告らは、休暇要員を超える場合であるのに慰休申請をしたものであつて、従来の被告水俣工場における慰休要員の配置ならびに慰休消化の状況に徴すれば、いずれも時季変更が認められて然るべき場合であるから、被告の措置は正当である。

二  慰休請求に対する承諾不要の主張に対する反論

年次有給休暇の制度は労働力の維持培養を目的とし、その限りで労使双方のためのものであり、また年次有給休暇の請求は形成的な効力をもつものではない。使用者は、労働基準法第三九条第三項により、同項但書の場合を除いて、請求された時季に有給休暇を与えるべきことを覊束されている点において、普通の請求権の場合と異なるものがあるが、使用者側における休暇を与える行為、即ちその承認と相まつて有給休暇請求権が発効すると解すべきである。そして、同項但書に該当する事由のあることは、前記のとおりであつて、原告らの主張は理由がない。

三  労使慣行上の権利侵害の主張に対する反論

被告における慰休使用の手続は次のとおりである。すなわち原告徳永の職場であるビニレツク係では、各人別の慰休使用票が備えてあり、慰休希望者は自分の票に期間、日数を自ら記入し、本人印欄に押印して作業長に提出し、作業長は希望日の欠員状況(欠勤届、慰休申請の都度作業長はあらかじめ勤務成績簿の当該日に記入してゆくので、希望日の欠員は容易に判明する)をみて押印する仕組みとなつている。原告松崎の職場であるガス係では、慰休請求の仕組みが多少異なり、作業員は先ず作業長に対し慰休希望日を申出て、作業長は職場備付けのメモによつて希望当日の欠勤状況を見て時季変更させるか否かを決め、慰休を与える場合はその旨メモに記載する。そして月末に職場の書記が右のメモに基づき各人別の慰休使用票に一ケ月分を記入して本人に手交し、本人は印を押して作業長に渡し、作業長は押印したうえ更に係長へまわし、係長においても同様一ケ月分をまとめて認印したうえ慰休使用票は書記の手許で保管される。

このような手続で慰休の申請ならびに付与は極めて整々と実施されて来ているのであつて、被告では好きなときいつでも慰休がとれる慣行などはないし、作業員もまたそのことは十分に承知しているところである。また、ほとんどの場合慰休申請は事前になされているのが実情である。なるほど時たま慰休申請が事後になされることがあるけれども、これは慰休の申請ではなく、いわゆる慰休の振替であつて、すなわち無届で欠勤した後慰休の扱いにしてもらいたい旨依頼する場合である。この場合被告としては今更業務の都合を考えるに由ないから、本人の希望を認めることになるのであつて、かかる場合あるいは見せしめのため慰休振替を拒否する考えもあり得るが、それは専ら企業の人事政策の問題であり、現在被告はそこまでの見せしめ策はとつていないというに過ぎない。したがつて慰休の事後申請の慣行などあろうはずがない。

四  不当労働行為の主張に対する反論

前述のとおり被告水俣工場の慰休消化率は年間一〇〇パーセントに達する状態である。すなわち従業員であれば原告らの属する旧組合の組合員であると新組合員であるとの区別なく、また組合の執行委員や職場闘争委員らの役員たると一般組合員たるとを問わず、それぞれ一〇〇パーセント消化しているのである。原告徳永についてみると、昭和四一年度初めの手持ち慰休日数は前年度の慰休を二日余すのみで他は消化していたから、新たに取得した二〇日と合わせ二二日を有していたが、その後九月二四日までの六ケ月間に手持ち慰休の約三分の二にあたる一五日を消化している。このことは慰休がとり難い状態にないこと、作業に必要な人員を欠かねば慰休を使用できることを示すものであつて、原告松崎についても事情は同様である。したがつて被告が旧組合員であることや組合活動家であることからその者の慰休消化を妨害している事実は全くなく、原告らの主張は言いがかりに過ぎない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  当事者間の雇傭関係

被告が窒素肥料、可塑物、人造繊維、カーバイド等の製造、販売を営む株式会社であること、原告徳永は昭和二三年四月、原告松崎は同三〇年四月、それぞれ被告に就職し、いずれもその従業員であること、および同四一年九月当時原告徳永は水俣工場製造四課ビニレツク係、原告松崎は同工場製造一課ガス係にそれぞれ勤務していたことは当事者間に争いがない。

二  原告両名の慰休申請とこれに対する被告の措置

昭和四一年九月七日原告徳永が上司であるビニレツク係長中村進に対し翌八日の慰休を申請したこと、右慰休申請に対し同係長は業務に支障があるとの理由でこれを拒否したが、原告は翌日の勤務を休んだこと、同年一〇月八日原告松崎が上司であるガス係長本多利明に対し翌九日の慰休を申請したこと、右申請に対し同係長は他の週休者に替つてもらうよう指示したにとどまり慰休の許可を与えなかつたが、原告は翌日の勤務を休んだこと、および被告が原告両名の右欠勤をそれぞれ事故欠勤として取扱うこととし、よつて原告両名の翌月分給与から右欠勤日一日分および年末一時金からこれに見合う金額を減額支給したことは当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない乙第七号証、第八号証の一ないし三によれば、原告徳永が昭和四一年九月七日当時有する手持ち慰休日数は八日であり、原告松崎が同年一〇月八日当時有する手持ち慰休日数は一八日であることが認められる。

三  被告の責任原因

(一)  被告の時季変更権行使の当否

1  成立に争いのない乙第一号証、第三号証の一・二、第四、第五号証、前掲乙第七号証、第八号証の一ないし三、証人沖田秋夫の証言(第二回)により成立を認める乙第九号証、第一〇号証の一ないし四、第一一号証の一ないし五、証人指原征則の証言により成立を認める乙第一二号証、証人沖田秋夫(第一、二回)、同堀邦彦、同島田秋義、同本多利明および同指原征則の各証言、同岡崎良一の証言の一部(後記措信しない部分を除く。)ならびに原告両名各本人尋問の結果の一部(後記措信しない部分を除く。)によれば次の事実が認められる。

(1) 慰休使用の時期に関する就業規則の定めおよびその解釈運用

被告水俣工場就業規則第三五条3(1)には「慰休は、従業員が請求した時期に与えることを原則とする。但し、業務の正常な運営を妨げると認めたときは、予定時期を変更し、他の時期に与えることがある。」と規定されている。右の「業務の正常な運営を妨げる」場合とは、従来、三交替職場においては作業定員、その他の職場では特定の作業に必要な人員を割る結果作業の円滑な遂行ができなくなるような場合をいうものとの解釈で運用されて来た。そして、慰休申請が集中して当日の作業定員を割る場合には、従来ビニレツク係では慰休請求者同士で調整を図りそれができない場合には自発的に後で請求した者が時期を変更し、ガス係においては公休者に替つてもらうかそれができない場合にはビニレツク係と同様請求者同士の話合いによるかあるいは後の請求者が時期を変更することとなるのが通常であつた。

(2) 休暇要員の配置および慰休消化の状況

被告水俣工場では、従来各職場の人員配置については、慰休を容易に消化できるよう配慮し、各職場を通じ必要作業人員のほぼ一三〇パーセント程度の人員を配置していた。これを原告らの職場につきみると、原告徳永の所属する日勤職場のビニレツク係では、一〇名の作業員が配置され、そのうち長期病欠者一名、三交替職場への補充要員一名、定年直前の長期慰休使用者二名を除く六名が作業可能人員であつたが(森下貢は同月九日三交替職場へ復帰しているが、そのことが判明したのは本件当日の八日である)、同係の作業内容が主として雑作業で、一定数の作業員を必要とする定期作業は月間あまり多くなかつたところから、年間を通じなお余裕があり、また原告松崎の所属する三交替職場のガス係では、作業定員一〇名に対し慰休・公休要員四名を含む計一四名の作業員が配置されていた。

このように余裕ある人員配置および各職場における作業遂行と調和した慰休消化の結果、工場全体の年間慰休消化率はほとんど一〇〇パーセントに達する状況で、原告らの右職場においても各人おおむね手持ち慰休を消化していた。

(3) 原告徳永につき「業務の正常な運営を妨げる」事情の有無

原告徳永の所属するビニレツク係は作業長の下に日勤作業員一〇名からなつていた。その作業内容は、清掃、草取り、その他ビニール課内全般の雑作業が主で、他に定期作業として反応器触媒入替、塩素受器、冷凍コンデンサーの掃除等があつた。

原告徳永が慰休申請をした昭和四一年九月八日当日は、反応器触媒入替作業の第四日目風圧継込作業(切離した反応器をもとに戻す作業)日にあたり、最小限四名の作業員を必要とした。(第四日目の作業は二名一組となつて行なわれ、従前四名より少ない人員で作業をした例はない。昭和四三年一月以降三名で右作業を行なつた際も、あらかじめその前日に下準備をしたうえで行なわれている。)ところで、八日当日の作業予定人員は作業長を含めても作業に最小限必要な四名に過ぎなかつた。すなわち定員一〇名(作業に関係のない女子一名を除く)のうち、一名は三交替職場へ補充のために転属しており、一名は長期病欠者であり、これを除く八名のうち四名がすでに七日の午前中までに慰休申請を済ませていたところ、同日の昼過ぎに更に一名が慰休使用を申出たため、沖田作業長はやむなく自ら作業を行なうことにして右申請を認め、結局当日の作業予定人員は作業長を含めて最小限必要な四名を辛うじて維持する状態であつた。

右のような状況において、原告徳永の慰休申請を認めた場合の欠員の補充は困難であつた。すなわち、日勤職場であるビニレツク係では当日公休予定者は存在せず、残業、連直による方法も、当時旧労組に属する作業員はこれを拒否していたため困難であり、のみならず、原告徳永が慰休申請をした時期は七日の午後四時三分頃で、すでに作業終了後であり、他の慰休申請者との間で調整を図り、あるいは他の職場に補充要員を求めるなどの時間的余裕もなかつた。更に八日当日の作業は原告の欠勤による欠員の補充を急遽下請の作業員三名によつて行ない、予定どおり遂行されたが、このような下請作業員による補充の方法は、当時としては極めて例外であり、正常な交替要員確保の方法ではなかつた。(当日作業長は係長に相談し、係長も一存では決しかね、課長の指示を仰いだ結果右のような措置がとられている。)

(4) 原告松崎につき「業務の正常な運営を妨げる」事情の有無

原告松崎の職場であるガス係は三交替の職場で、当時一直に一四名の作業員が配置されていた。その作業内容は、原油および一酸化炭素からニポリツト・肥料の原料となる水素ガスを精製するもので、原告松崎は低圧関係の機械の運転に従事していた。

ガス係の作業定員は一〇名で、右人員は作業の安全遂行上確保されねばならない必要人数であり、従来右定員以下で作業を行なつた例はない。ところで原告松崎が慰休申請をした時点において、翌一〇月九日の作業予定人員は、すでに慰休予定者二名および公休予定者二名が決定ずみであつたため、定員一〇名ぎりぎりの状態であつた。

右原告の慰休使用による欠員の補充は困難であつた。当日の作業は他の作業員の連直という方法で予定どおり遂行されているが、三交替職場における連直という事態は安全管理上できる限り避けるべきものとされ、従来急病、旧組合のストによる就労拒否などやむをえない事由で定員を割る場合に限られ、事前の慰休申請の結果当日の作業定員を割る場合に連直により欠員を補充するという例はなかつた。のみならず当時旧組合では連直を拒否しており、また他の職場から補充要員を仰ぐとしても前日の申請であつてその時間的余裕もなかつた。

以上の認定に反する甲第一号証、証人岡崎良一および同横田重信の各証言および原告両名各本人尋問の結果は前掲各証拠に照らしこれを採用せず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

2  以上の認定事実によれば、原告徳永のビニレツク係における作業は単純な雑作業であつて代替性が強く、また原告松崎のガス係における作業は機械の運転ではあるが同様代替性を有し、いずれの場合も被告水俣工場の作業員規模に照らすと、代替者の確保が不可能とは考えられない。のみならず一般に、作業に必要な人員を欠くということが直ちに時季変更権行使の正当な理由となり得ないことはもとよりである。

しかしながら、被告水俣工場における各職場の人員配置が休暇要員を充分考慮したものであり、原告らの職場においても、いずれも余裕ある人員配置であつたこと、および従来このような配置人員の枠内で作業遂行と調和を保ちながら各人が手持ちの慰休を消化して来たことは前認定のとおりである。そうであるとすれば、各職場における当日の作業に必要な人員はまず当該職場においてこれを確保すべきであり、その確保の方法は従前から行なわれて来た通常の方法をもつて足りるというべきである。したがつてかかる通常の方法をもつて必要人員の確保ができず定員を割ることとなる場合には被告就業規則第三五条の「業務の正常な運営を妨げる」場合に該るというべきであり、前認定のような当日の人員確保の必要ならびに欠員補充の困難な事情に徴すると、本件の場合はいずれも原告らの慰休請求に対し時季変更権を行使するのもやむを得なかつたものと認められる。

もつとも、本件の場合当日の作業は下請作業員あるいは連直による補充の結果いずれも予定どおり遂行され、作業遅延などによる損害の発生は認められないけれども、時季変更権行使の要件としての「業務の正常な運営を妨げる」とは、休暇の実現と事業運営との調和を図る制度の趣旨に照らし、現実に業務阻害の結果が発生することまで要するものではなく、その発生のおそれがあれば足りるものと解するのが相当である。

よつて被告の本件時季変更権の行使はいずれも正当である。

(二)  権利濫用の主張に対する判断

前記認定の諸事実に照らせば、原告両名の場合とも被告は当日の作業遂行の必要上やむなく時季変更権を行使したことが認められ、他に右権利の行使が濫用にわたる旨の原告ら主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(三)  本件措置が、原告両名において被告の承諾を得ずに欠勤したことを理由とする点において違法である旨の主張に対する判断

原告らは、本件措置理由は原告らが被告の承諾なしに会社を休んで職場の秩序を乱したというにあるけれども、慰休の請求にはその形成権たる性質上使用者の承諾は不要であるから、右の理由によつて原告らに対し慰休を与えなかつた被告の措置は結局労働基準法第三九条に違反する旨主張する。しかしながら、労働者の有給休暇請求に対し使用者の正当な時季変更権の行使があつた場合には、たとえ右休暇請求権の法的性質が形成権であつて、労働者の一方的行使の結果当該請求日が休暇日となり、当日の就労義務免除の効果が発生すると解するとしても、かかる効果は右使用者の時季変更権の行使により消滅することとならざるを得ない。また形成的効力があると解する場合、有給休暇請求に対する使用者の不承諾は、相当な時間内に正当な時季変更権の行使がない以上、労働基準法第三九条に違反するものであるが、もし正当な時季変更権の行使があつた場合には、その当否と別個に不承諾自体の違法を問題とする余地はない。ところで本件原告らの各慰休請求に対し被告(その組織上現場の係長において)がこれを拒否ないし他の者との交替を指示することによつて不承諾の意思を表明するとともに、時季変更権を行使したことにつき当事者間に争いがないことは前記二および弁論の全趣旨に照らし明らかであり、また被告の右時季変更権の行使が正当であることは前記三認定のとおりである。そうであるとすれば、本件における被告の時季変更権の行使が不当であることを前提とする原告らの主張はその前提を欠くものであるから失当である。(もつとも証人横田重信、同指原征則の各証言によれば、被告水俣工場では従来突発的な事情で無断欠勤した場合後に本人の希望により慰休扱いにする事例が認められ、これらの事例と比較すると事前の届出があつた本件の場合均衡を失する感がないではないが、原告らの主張がこのような本件措置の不公平を主張する趣旨であるとしても、しかしながら右事例の場合はいわゆる慰休の振替であつて労働者の申出と使用者の承認があつてはじめて認められるものであり、そして本件の場合、証人沖田秋夫(第一回)、同指原征則、同堀邦彦の各証言、および原告両名各本人尋問の結果によれば、慰休請求の際原告らはいずれも上司から時季変更権の行使を告げられたうえ欠勤すれば事故欠になる旨の警告を受けていることが認められる。したがつて右警告にかかわらず当日欠勤した点において上記の事例とは事情を異にするから直ちに本件措置が違法であるということはできない。)

(四)  労使慣行上の権利侵害の主張に対する判断

証人堀邦彦、同沖田秋夫(第一、二回)、同島田秋義、同岡崎良一、同本多利明の各証言、同横田重信の証言(但し後掲措信しない部分を除く)によれば、被告水俣工場では慰休申請は事前に直属の上司に届出る建前となつており、ただ例外的に、寝過し、急病、急用など突発的な事情で無断欠勤した場合事後的に当日を慰休日として取扱うことを会社において承認する、いわゆる慰休振替の事例があるに過ぎないこと、また従来慰休申請が集中して作業に必要な人員を割る場合現場の作業長ないし係長において他の日に変更するよう求め、請求者の方でも自発的に慰休日を変更するなどの方法により作業に支障を来たすことなく慰休を消化していたことが認められる。証人横田重信の証言中右認定に反する部分は前掲証拠に照らし採用できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。右認定の慰休請求ならびに消化の実態に徴すれば、原告ら主張のような慰休使用に関する慣行の存在を認めることは困難であり、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。

(五)  不当労働行為の主張に対する判断

証人横田重信の証言ならびに原告両名各本人尋問の結果によれば、原告徳永は昭和三四年九月から同三五年七月までの間旧組合の青年婦人部長、同三八年四月から同年八月までの間組合専従となり、同四一年一〇月から同四三年一〇月までの間組合執行委員の地位にあつたこと、原告松崎は昭和四〇年八月旧組合の教宣部員、同四一年八月職場闘争委員長となり、同四二年八月以降青年婦人部運営委員の地位にあることが認められる。しかしながら、被告の本件時季変更権の行使につき正当な理由が認められることおよび本件当時被告水俣工場における年間慰休消化率が従業員全体として一〇〇パーセントに近かつたことは前認定のとおりであり、また前掲乙第七号証、第八号証の一ないし三によると、原告徳永の昭和四〇年度の慰休残日数は二日で、同四一年度初めにおいては新たに取得した二〇日を加え二二日の慰休日を有していたが同年九月二四日までにその約三分の二にあたる一五日を消化していること、原告松崎の年間慰休使用日数は昭和四一年度一八日、同四二年度二五日、同四三年度二四日に達し、同年度末の慰休残日数が一日を残すのみであることが認められる。このような事実に照らせば、当時被告水俣工場においては、旧組合員であること、あるいは組合の役員であることによつて慰休使用につき殊更差別的扱いがなされた形跡は窺われず、したがつて本件措置が原告らの活発な組合活動を理由とするものと認めることは困難で、他に原告らの主張事実を認めるに足りる証拠はない。

四  結論

以上のとおりで、被告の本件慰休請求を認めなかつた措置は何ら違法と認められないから、その余の点について判断するまでもなく原告らの本訴各請求はいずれも失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 徳松巌 福永政彦 上田幹夫)

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